ユリの花と クローバー

わたしの言葉が誰かに届いたなら うれしい

異性愛者をやめた私の悩み

 

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みなさん、こんにちは。

 

ユリの花と クローバー管理人です。

 

前回の記事で、それまで異性愛者だった私がレズビアン(と言っても良いのかな?)になるまでのエピソードを書きました。

 

yuri-hana.hatenablog.com

 

f:id:yuri-hana:20170711195816p:plain「スターをつけて下さった方々、ありがとうございます」

 

f:id:yuri-hana:20170711195813p:plain「これを励みに、少しでもみなさんのお役に立てる記事を書けるよう頑張ります」



私は本当にレズビアン?

 

f:id:yuri-hana:20170727064351p:plain「ねぇ、管理人さん。このあいだの記事読んだけど、あれってつまり・・・」

 

 

異性愛者として生まれました⇒LGBTについて勉強してみよう!⇒女の子とカップルになってもいいかも・・・⇒あれ?男の人に興味がなくなっちゃった!

 

 

f:id:yuri-hana:20170727064351p:plain「・・・ってことだよね?」

 

f:id:yuri-hana:20170711195816p:plain「ええ、そうよ」

 

f:id:yuri-hana:20170727064345p:plain「でも、こんなこと言ったら申し訳ないけど、それってただ思い込んでるだけなんじゃないの?『私はレズビアンなんだ!』って」

 

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最初は私もそう思いました。

 

私はただ、自分はレズビアンなんだと思い込みたいだけなのかも知れない、と。 

 

読んだ本に影響されちゃって、ちょっとその気になってるだけ。

 

時間が経てば、この気持ちも治まるはず。

 

でも、時間が経てば経つほど、同性の恋人がほしいという気持ちは強くなる一方で、男性の方へ気持ちが戻ることはなかったのです。

 

私には、「歴史」がない 私は女性に恋をしたことがない

 

そんな気持ちを抱えながらも、

 

私って女の子が好きなんだ!よしっ、さっそく彼女を作ろうっと♪

 

とはなりませんでした。

 

なぜなら私には歴史(同性愛者としての苦しみや葛藤)がなく、さらに今まで一度も実際の女性に恋愛感情を抱いたことがありません。

 

実際に女性を好きになったことがないのに、どうして急に女性と付き合いたいなんて思うのか説明できない。

 

自分の「歴史」をきちんと話せなかったら、相手から受け入れてもらえない。

 

そう思ったからです。今もね。

 

そうしないと、立っていられないから

 

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そこで私は、自分が「私、女の子が好きだって言ってもいいんだ♪」と思えるような証拠探しを始めました。どういうことかと言うと、

 

「私、自分のこと異性愛者だと思ってたけど違ったみたい。昔のこと思い返してみたら、ずいぶん前からその兆候があったのよ」

 

そう人に説明できて、なおかつ自分も「ほら、私ってやっぱり昔からレズビアンだったんじゃない♪」と納得できる思い出をひとつでも見つけたかったのです。

 

最後に

 

ここまで読んで下さってありがとうございます。

 

当初、この記事で自分の過去を振り返るところまで書こうと思ったのですが、いざ書き始めると、なかなか骨が折れそうな予感が。

 

なので、今回はここでおしまいです。

 

ボリュームのある記事を楽しみにしていた方がいたら、ごめんなさいね。

 

もしかしたら、次の更新までに時間が掛かるかも知れません。

 

その時はまた読んで頂けたら嬉しいです。

 

ではまた、次の記事で。

 

私は異性愛者をやめました。

 

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みなさん、こんにちは。

 

ユリの花と クローバー管理人です。

 

 

今回は、私のセクシャリティーについてお話ししたいと思います。

 

ほんとはもっと後で書くつもりだったんですが、書きたくなったので書きます。

 

セクシャリティーに関しては、足の障害とは違い、自分の中でうまく説明ができない部分が多いため拙い文章になるかと思いますが、よろしくお願いいたします。

 

私は異性愛者をやめました。

 

さて、改めまして

 

私は、女性が好きです。

 

いい出会いがあれば、付き合いたいと思っています。

 

 

これが今の私の事実

 

でも、私はレズビアンなんでしょうか。わかりません。

 

「私はレズビアンです」と言おうとすると、言葉がつっかえる。

 

ごく当たり前のように言うこともあるけれど、心に何かがひっかかる。

 

 

私はレズビアンでしょうか。

 

自分でもうまく説明できない理由で異性愛者をやめた私が、女性として女性を愛することを、受け入れてもらえるでしょうか

 

「当たり前の女」

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2015年7月

 

26歳になろうとしている25歳

 

それまで私は、「女として生まれ、男性を愛する女」だった。

 

つまり異性愛者だということ。

 

だけど、そんな言葉は使わない。

 

女性と男性が惹かれあうことは「当たり前」であり、わざわざ言葉にするようなことじゃない。

 

たしかに、テレビをつければ、女装をしていたり、男性が好きだとを公言している男性がいる。同性愛者といわれる人たちだ。

 

(当時の私は、同性愛者=男性と考えていた。女性の同性愛者もいることは分かっていたが、いまいちピンとこなかった)

 

 

それはわかる。そういう人たちもいる。

 

別にいいんじゃない?本人たちが好き合っていれば。

 

私は違う。

 

それは私には縁のない世界。知る必要のない世界。

 

 

私は女性として男性を愛する「当たり前の女」だ

 

そう思い込んでいた。

 

虹色のパレード

 

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ある時、テレビのニュースで大勢の人たちがパレードをしている映像を見た。

 

何だかやたらとカラフルだ。

 

(ああ、そうか。これが・・・)

 

高校時代、海外旅行を趣味にしている先生が、「海外ではゲイの人たちのパレードがあるんだ」と言っていたことを思い出した。

 

それを聞いた当時の私は、「なにそれ~!!!」と言って友達と爆笑していた。

 

ものすごく派手なメイクと衣装のゲイの人たちが、リオのカーニバルよろしく街を練り歩く様子をイメージしたのだ。

 

もちろん笑うようなことではないし、パレードに参加するのはゲイばかりではないんだけど。

 

(日本でもやるようになったのか・・・)

 

 

その時はそれでおしまい。

 

しかしそれ以降、テレビをつけるたびにパレードの映像を見るように。

 

おそらく、その年の11月に渋谷区と世田谷区のパートナーシップ条例施行を控えていたからだろう。

 

ああ、またか。

 

そう思いながら観ていると、馴染みのない言葉が

 

LGBT

 

(なにそれ。新らしく発見された病気の名前?)

 

とっさにそう思った。

 

 

それから数日経っても、LGBTという言葉が頭から離れなかった。

 

どうしてなのか、自分でもわからない。

 

気になって 気になって仕方がない。

 

(よしっ!勉強しよう!)

 

そう思った私は早速アマゾンで本を探した。

 

とりあえずネットで調べるという選択肢は何故かなかった。

 

 

アマゾンの検索ボックスに「LGBT」と入力すると出てきた、沢山の本。

 

どれを選べばいいのかわからない。

 

結局、タイトル名が気になったのと、検索結果の一番上にあったからという理由で一冊の本を選んだ。

 

百合のリアル

 

百合のリアル (星海社新書)

百合のリアル (星海社新書)

 

 

届いた本をさっそく読んだ。

 

これが、とっても面白かった。

 

LGBTの言葉の意味はもちろん、Aセクシャルなどそれ以外のセクシャリティーや、

 

「男性って、女性って、どういう人のこと?」など、普段考えてもみないことを問い掛ける内容で、買ってよかったと思った。

 

自分の中の何かか変わった

 

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読み終わった後も、私は時間があれば本を読み返していた。

 

普段はあまりそういうことはしないんだけれど。

 

「百合のリアル」はすっかりお気に入りの一冊になっていた。

 

 

そして何度も何度も読んでいくうち、ある文章に目が留まった。

 

ヘテロフレキシブル

基本的に異性を恋愛対象にするが、同性の魅力も理解するし、同性愛に抵抗はない。

(引用:百合のリアルp106)

 

(そんなのもあるんだ・・・私はどうだろう・・・)

 

そう思い、もし自分に同性の恋人がいたら・・・と想像した。

 

その結果、

 

・・・嫌じゃない。むしろ、そっちの方が良いかも知れない・・・

 

と思った。

 

不思議なことに、時間が経てば経つほどその気持ちは大きくなっていく。

 

そしてそれと気が付くと、私の中の男性に対する女性的な興味はまったくなくなってしまっていた・・・

 

最後に

 

いかがでしたでしょうか(笑)

 

えっ、なにそれって感じですよね。

 

こんな感じだから人に説明しにくいんです。

 

というか、今までしっかりと人に話せたことがありません。

 

本を読んだだけでセクシャリティーが変わったなんて信じられないでしょう?

 

でもそれが事実なのです(笑)

 

詳しくはまた次回お話ししたいと思います。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

 

ではまた、次の記事で。

 

反射が正常に働かない 具体的なエピソード

 

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みなさん、こんにちは。

 

ユリの花と クローバー管理人です。

 

前回の記事で、私が車を運転しない理由は、反射が正常に働かないからだと書きました。

 

yuri-hana.hatenablog.com

 

 

f:id:yuri-hana:20170727064342p:plain「転んだ時に地面に手が出せないとか、しっかり掴まってなきゃいけない時に手を放しちゃうとかだったよね」

 

f:id:yuri-hana:20170711195816p:plain「ええ、そうよ。実はその『反射』に関係する小さい頃の思い出があるんだけど、聞いてくれる?」

 

f:id:yuri-hana:20170727064348p:plain「うんっ、聞く聞く~」

 

思い出①:3歩あるけば地面へダイブ!!

 

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私は動きまわることが好きな子供でした。

 

両親が共働きだったため、物心ついたときから保育園に通っていました。

 

もちろん友達と一緒にままごとなんかをして遊ぶこともありましたが、運動場のすみで、私の監視・・・見守り役の先生と一緒に「歩く練習」をしていることも多く、そっちの方が私は好きでした。

 

f:id:yuri-hana:20170727064351p:plain「歩く練習?」

 

f:id:yuri-hana:20170711195813p:plain「先生がいる場所まで(といっても目と鼻の先だけど)歩くのよ。それを何回も繰り返すの。若い先生でとっても優しかったから大好きだったわ」

 

この練習のおかげで、幼い私の脚腰は鍛えられたのかもしれません。

 

保育園でサポーターデビュー 

 

でも、見出しにある通り、当時の私は本当によく転んでいました。

 

数歩あるくごとに転び、立ち上がって歩きだしたらまた転び。

 

母からは

 

「脚が上がってないから転ぶんだよ。もっと脚を上げなさい!」

 

と耳にタコができるほど言われ、

 

「転んで膝のお皿が割れたら、二度と歩けなくなるんだからね!」

 

と脅されていました(笑)

 

まぁ、ウソではありませんよね。

 

調べてみると、本当に膝の皿が割れてしまった場合、激しい腫れと痛みで歩くこともままならず、重症の場合は手術が必要になるみたいです。

 

幸いなことに膝の皿が割れてしまうことはありませんでしたが、一時期サポーターを付けていたことがあります。

 

 

 (画像はイメージです)

 

サポーターなんて、スポーツをする人しかしませんよね(笑)

 

すっごく分厚くて、夏なんかには汗でかゆくなってきても掻くことができず、簡単に外すことができなかった(靴を脱がなくてはいけない)ので私はサポーターが大嫌いでした。

 

転んでも地面に手がつけない

 

当時問題だったのは、頻繁に転んでしまう事もそうですが、転んでしまったときに地面に手がつけないことでした。

 

手がつけないと、当然そのまま地面に倒れこむことになります。

 

これは「パラシュート反射」という、とっさに自分の身を守ろうとする反射が鈍っているため。

 

お年寄りや、やはり脳性まひの人に多いようです(参考:パラシュート反射とは何のこと?赤ちゃんの時期特有の反射について ベビーカレンダー

 

当時の私の感覚から言っても、「転んだら手をつく」という発想がありませんでした。

 

「あ・・・」

 

と思った瞬間にはもう転んでる・・・みたいな。

 

ひたすら練習あるのみ!

 

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で、どうやって手をつくことを覚えたのかというと、

 

 

 

転ぶ・・・と思ったら・・・

 

「手を出す!」

 

転ぶ・・・と思ったら・・・

 

「手を出す!」

 

 

そう自分に言い聞かせ続けて練習していました。それだけです。

 

先に書いたとおり、転ぶ機会はたくさんあったので、思ったより早くマスターできたと思います。

 

今では転んでも、しっかり手をつけますよ。

 

転ぶのは数年に一回だけどね(笑)

 

思い出②:恐怖で遊具から落下!

 

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しっかり掴まるべきところで手を放す

 

これも反射が上手く働かないため起こることです。

 

またまた保育園に通っていた頃のエピソードなのですが・・・

 

 

ある時みんなで大きな公園に遠足にいきました。

 

今回は付き添いで母も一緒です。

 

すると、誰が言い出したのか、一人ずつ順番に「ターザンロープ」をやろうということになりました。

 

「ターザンロープ」は、滑車が付いたロープに掴まって、端から端まで移動する遊具です。

 

f:id:yuri-hana:20170727064348p:plain「思いっきり勢いつけると気持ちいいんだよね!」

 

 

次々に滑っていくクラスの子たちを見ながら

 

あ~・・・これはムリだね~ だってあぶないもん

 

と思っていたのですが、だれかが

 

「ほらっ!〇〇ちゃん(私)もやりなよ!」と言いました。

 

必死に「ムリだよ!あぶない!ぜったい落ちる!」と言ったのですが母は

 

「お母さんが側にいて、ゆっくり押してあげるから大丈夫よ!」と言い、先生は

 

 「ぜったいできるって!!」つまり、

 

「やってみもしないで『できない できない』なんて言ってたらダメよ」

 

と暗に言っており、断りきれず私もターザンロープをやることになったのです。

 

 

ロープの先には大きな球がついていて、そこに脚を絡ませるようになっていました。

 

私もロープを握り、球に脚を絡ませます。

 

「いい?絶対にロープを離したらダメよ?」

 

母がそう言ったのを合図に遊具は動き始めました。

 

 

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あんなに怖かったのに、乗ってみるとすごく気持ちいい!

 

遊具に乗った私の後ろを、母がゆ~っくり押しているだけなのでスピードなんて全く出ていませんが、目線が高くなり私のテンションも右肩上がり

 

(なんだ、 ぜんぜん怖くないじゃん)

 

半分ぐらいの位置まで来て、私は余裕を感じ始めていたのですが・・・

 

母が遊具をほんの少し強めに押したかと思うと、それ以上私について来なくなったのです。

 

おそらく、ここまで来ればもう一人で大丈夫だろうと思ったんでしょうね。

 

 

相変わらずスピードは全く出ていないものの、ひとりでに進んでいく遊具

 

「はなれないでよ!」

 

恐怖のあまり叫ぶ私に「大丈夫!大丈夫!」と返す母

 

 

(大丈夫じゃないって!!!こわい・・・!!!)

 

そう思った瞬間、手がロープから離れ、私は地面に倒れていました。

 

もし、遊具に乗ったままの姿勢で落ちていたら頭を打っていたはずです。

 

ですが私はとっさに上半身をひねり、地面の方を向いたまま落ちました。

 

頭を打ってはいけないと思ったからです。

 

 

「だからあぶないって言ったじゃん!」

 

泣きたいのか怒りたいのか、よく分からない気持ちで私は叫びました。

 

母と先生が駆けつけ、しきりに大丈夫かと聞いてきました。

 

幸い、どこもケガはなし。

 

母は心配しつつも、「何で手を離したの?!」と怒っていました。

 

 

そんなの私にも分からない。

 

離したくて離したんじゃない。

 

そう弁解する語彙力は、私にはまだありませんでした。

 

 

このターザンロープの一件以来、私は自分が怖いと思ったり、無理だと思うものは何を言われても断るようになりました。

 

自分の身体をいちばん知っているのは自分なんですから。

 

 

そして、この経験を元に私が声を大にして言いたいのは、

 

障害を持つ子供に、何でもかんでも挑戦させることが良いことだと思わないでほしい

 

ということです。

 

最後に

 

今回は結構長い記事になりましたね。

 

ここまで読んでくださってありがとうございます。

 

書いていくうちに、小学校に上がる前や、学生時代の出来事が頭に浮かぶようになりました。

 

また機会があれば、お話ししたいと思います。

 

ではまた、次の記事で。